ふみサロ

『文豪たちの悪口本』

 

みやけちあきの「ふみサロ」リブリオエッセイ vol.2

開催日:令和3年7月22日

課題本:『文豪たちの悪口本』

 

「ふみサロ」五つの心得

一つ、タイトルには気を使うべし!(平凡すぎると読んでもらえない事も……)

一つ、正論や常識は避けるべし!(言いづらい事を、敢えてテーマに選んでみる)

一つ、長文は減らすべし!(1文は60字以内とし、接続詞をできるだけ減らす)

一つ、難語は避けるべし!(使う場合は、1文に1つまで、必ず意味を明記する)

一つ、できるだけユーモアのある表現を心がけ、締めの一文を大切にするべし!

『24色のエッセイ』カヴァー裏見返しより抜粋

 

【空気悪口】

平日の朝のラッシュの電車は冷たい。

口元隠す一律マスクマンたちの群れ。

背を丸め雁首そろえてうつむいてスマホをいじる人たちの一心不乱さ無言の暴力。

最寄りの駅から京都まで15分のことなのに、すり減る心が止まらない。

そのあいだ、だれかが私に悪口を、言ってもいないし書いてもいない、それなのに。

朝の電車で何が私に起きている?

チカチカ明滅あなたの画面がすぐ横に立つ私の視界を壊しています。

各駅に停車するたび混み合う車内。

イヤホンをつけたあなたは我関せずで、あと一歩奥に詰めてほしいけど視線をチラともあげてはくれない。

黄色い線の内側で並んで電車を待っていました。

ドアが開くと同時にあなたに無言で先を奪われました。

たくさん拾った他意なき無言の悪口に心は無傷でいられない。

図らずも生まれてしまう他意なき無言の悪口にあまりに人は無頓着。

それは空気にとけてただよって目を閉じ耳を塞いでも口から入って心を壊す。

それはそう「空気悪口」。

過去にあり打ちのめされた幼い記憶とダブってつらい。

9歳から数年間、私は不仲な両親がまき散らす「悪口空気」をたくさん吸った。

それは日曜の昼食の席でのことだった。

私たち子供に向かって笑いながら何かを話す父がいて、そのとき母が振り切るようにワッと両手で自分の耳をパッとふさいだ。

父はとたんに険しくなり「僕の声が聞きたくないのか、それなら出ていけ」と母に言った。

彼らの手法は、互いの悪口を「言わない」「書かない」やり方だった。

それなら証拠が残らない。

だって私は悪口を、相手に「言って」いないし「書いて」もいない。

そういう態度を決め込むときの両親の、顔はまるで能面のようだった。

その能面にダブって見える朝のホームの口元隠す一律マスクマンたちの顔。

そこに居合せ、これまで拾った他意なき無言の悪口に壊れた心で私は誓う。

「空気悪口」を私は人に吸わせはしないと。

  • この記事を書いた人

みやけちあき

主婦の私は幸せなひとり時間にSNSで優雅に書いて投稿をしていたら文章力がついてきて令和3年6月に仲間と共著でエッセイ集を出版し著者のひとりになりました。

-ふみサロ

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