主婦以外の説明のつく何者か

平日の娘が登校したあとのひとりの家が私は怖い。

なぜならそこは、私にとって、主婦の使命の勝ちすぎる場所だから。

流しに残された食器、目につく床のちり、ミシンで縫いかけのマスク…

たとえ急ぎでなくても、見ないふりできない主婦の使命は、家のそこかしこに満ちていて、うっかり絡めとられると、たちまち、個人としての使命を、私は忘れる。

平日の朝のひとりの家に私は怯える。

うっかり長居をせぬように、家事ならひとまずそこに残して、私は朝の家を出たい。

ショルダーバッグに詰めるのはノートと筆記具、そのほか自分にとっての課題。

そしてとにかくどこかへ、個人の使命の勝つ場所を目指す。

私は、勤め人でも学生でもないけれど、電車の定期券を持っている。

娘が登校したあとで、最寄りの駅から京都まで、私は朝のラッシュにもまれる。

それぞれに確かな肩書をもつ人たちの中にいて、主婦の私は不確定。

人から見たら得体の知れない異物であるはず。

平日の朝に、私が向かう先は、カフェ。

そこで私がしていることは、主婦に必要な3つのR。

「Reset(リセット)」「Recharge(リチャージ)」「Renewal(リニューアル)」。

平日の朝のカフェには主婦がいない。

その時間、規格内の主婦たちは家事にかまけて忙しい。

私も昔はそうだった。

けれど今、規格を外れた主婦の私は、この時間、100%自分にかまける。

平日の朝のカフェで、ひとり無口に主婦の私は、何度も自己を再生させる。

そうすると決めてひとりでここへ来た。

ここでなら主婦と名のつく上着をぬいで、私は素直な自分に会える。

果断して手に入れた優越感に包まれながら。

主婦は自分で何をどこまで決められるだろう?

思い切るのは後ろめたい。

人より勝ると思うと醜い。

安心な足場を壊せば愛されないと思い込みながら生きてきた。

でももうそろそろ、そんなことは止めにして、主婦の規格を一歩出て、人とは違う自分でいたい。平日の朝のカフェに押される背中。

「家事ならひとまずそこに残して平日の朝のカフェでひとりになろう」。

ひとりのカフェで主婦再生。

主婦が、ひとり無口に孤高の力を究めたら、さあ次はいったいどこへ行けるだろう?

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